高齢者虐待で逮捕される? 罪の種類や情状酌量のポイントを解説
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高齢の家族を介護している方や介護職に従事している方の中には、精神的・肉体的な疲れから、思わず声を荒げたり、手を出したりしてしまったりした経験を持つ方もいるかもしれません。
岩手県では、令和5年度、養護者などによる高齢者虐待の相談・通報が391件寄せられました。そのうち387件については、警察による立入調査を含めて事実確認調査が実施されました。
介護職員の方はもちろん、たとえ家族による行為であっても、内容によっては高齢者虐待と判断され、警察への通報や調査、さらには逮捕に至ることがあります。
本コラムでは、高齢者虐待になる行為、逮捕された場合に問われる罪、逮捕後の流れや情状酌量の可能性などについて、ベリーベスト法律事務所 盛岡オフィスの弁護士が解説します。
出典:「令和5年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果(岩手県の状況)」(岩手県 保健福祉部長寿社会課)
1、高齢者虐待で逮捕される? 具体的な逮捕事例を紹介
高齢者虐待防止法では、身体的・心理的・経済的虐待などが重大な人権侵害とされており、たとえ家族間であっても、通報されれば警察が介入して逮捕に至る可能性があります。
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(1)高齢者虐待5つの分類
厚生労働省が公開する「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(国マニュアル)」によれば、高齢者虐待は次の5つに分けられます。
① 身体的虐待
② 介護・世話の放棄・放任
③ 心理的虐待
④ 性的虐待
⑤ 経済的虐待それぞれ、具体的な行動をいくつか紹介します。
① 身体的虐待- 殴る、蹴る、つねる
- やけどや打撲を負わせる
- 刃物を突きつける
- 医師の指示なく痛みを伴うリハビリを強要する
- 無理に引きずる
- 食べ物を無理やり口に押し込む
- ベッドなどに縛りつける
- 部屋に閉じ込める
② 介護・世話の放棄・放任- 異臭がするほど長期間入浴させない
- 髪や爪を切らず、手入れをしない
- 衣服や寝具が汚れたままにする
- 水分や食事を十分に与えない
- 冷暖房を使用させない
- 介護施設や病院から強引に連れ戻す
- 同居人の暴力や暴言を放置する
③ 心理的虐待- 怒鳴る、ののしる
- 排せつの失敗などを嘲笑する
- トイレに行けるにもかかわらず、おむつをさせる
- 家族や親族との団らんに参加させない
④ 性的虐待- 裸や下着姿のまま放置する
- 人前でおむつを交換する
- 性器を撮影する
- わいせつな映像などを見せる
- キスや身体接触などを強要する
- 自慰行為を見せる
⑤ 経済的虐待- 日常生活に必要なお金を渡さない
- 本人に無断で自宅を売却する
- 本人に無断で年金や貯金を使う
- 入院費、受診料、介護保険サービス利用料を支払わない
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(2)高齢者虐待で逮捕された事例
実際に高齢者虐待事件で逮捕された事例をご紹介します。
① 入所者に暴行し死亡させた介護士が傷害致死の容疑で逮捕
佐賀市の有料老人ホームで、80代男性利用者が介護士から暴行を受け死亡した事件では、35歳の介護士が傷害致死の容疑で逮捕されました。施設運営会社の代表は被害者や家族に謝罪し、職員研修や管理体制の見直しで再発防止を図るとしています。
② 平手打ちや髪を引っぱるなどの虐待で派遣介護士が暴行容疑で逮捕
福岡市の住宅型老人ホームで、54歳の派遣介護士の女性が入居者に暴行したとして逮捕されました。94歳女性利用者への平手打ちや上半身への暴行、89歳女性利用者の髪を引っぱる行為があった疑いです。夜勤明けにあざが見つかり、介護施設の通報と防犯カメラ解析で逮捕に至りました。複数の入居者にあざがあり、虐待を繰り返していた可能性が疑われています。
③ 同居の母親の髪をつかみ、頭を揺さぶった息子が現行犯逮捕
山形県新庄市で、同居する母親に暴行したとして49歳の息子が現行犯逮捕されました。自宅で70代母親の髪をつかみ頭部を揺さぶった疑いです。母親本人からの通報により警察が現場確認し、逮捕に至りました。
2、どのような罪に問われるのか? 高齢者虐待で成立する犯罪
高齢者虐待防止法そのものには虐待行為を直接処罰する規定はありません。そのため、実際に刑事責任を問う際には刑法が適用されます。高齢者虐待で成立する可能性のある犯罪とその刑罰について解説します。
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(1)暴行罪・傷害罪
高齢者を殴ったり蹴ったり、突き飛ばすなどの行為は暴行罪にあたり得ます。さらにけがを負わせれば傷害罪が成立する可能性があります。介護中に手が出て打撲や骨折をさせてしまったような場合も対象です。
法定刑として、暴行罪は2年以下の拘禁刑・30万円以下の罰金・拘留(1日以上30日未満の身体拘束)・科料(1000円以上1万円未満を国庫に納付)のうちいずれかが科される可能性があります(刑法第208条)。
傷害罪は15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が定められています(刑法第204条)。 -
(2)保護責任者遺棄罪
介護放棄や必要な世話を怠るネグレクトは、保護責任者遺棄罪にあたり得る行為です。
保護責任者遺棄罪の法定刑は3か月以上5年以下の拘禁刑です(刑法第218条)。 -
(3)侮辱罪
高齢者に対する暴言や人格を否定するような言葉による虐待は、侮辱罪にあたる可能性があります。
1年以下の拘禁刑・30万円以下の罰金・拘留・科料が法定刑として定められています(刑法第231条)。 -
(4)横領罪・窃盗罪
高齢者の財産を無断で処分するなどの経済的虐待は、横領罪または窃盗罪に問われることがあります。たとえば、高齢者の土地管理を任された家族が勝手に売却した場合は単純横領罪、管理していない物を奪えば窃盗罪が成立する可能性があります。
法定刑は、単純横領罪であれば5年以下の拘禁刑(刑法第252条)、窃盗罪であれば10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です(刑法第235条)。 -
(5)不同意わいせつ罪・不同意性交等罪など
性的虐待は、不同意わいせつ罪や不同意性交等罪に該当し得る行為です。被害者の同意なく、わいせつな行為や性交をした場合に成立する可能性があります。
法定刑は、不同意わいせつ罪が6か月以上10年以下の拘禁刑(刑法第176条)、不同意性交等罪が5年以上20年以下の有期拘禁刑と定められています(刑法第177条)。
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3、逮捕・起訴されたらどうなる? 逮捕後の流れ
ここからは、逮捕後の流れと逮捕・起訴されてしまった場合の影響について解説します。
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(1)逮捕後の一般的な流れ
逮捕後の一般的な流れは次の通りです。
① 警察で取り調べが行われる
逮捕後、警察署で取り調べが行われます。事情聴取や証拠収集などの捜査が行われ、48時間以内に検察官へ送致(身柄の引き渡し)されます。
② 検察官の取り調べや勾留が行われる
送致後は、24時間以内で検察官による取り調べが行われます。必要があれば勾留され、最大20日間、身柄拘束されたまま捜査が進みます。
③ 起訴・不起訴が判断される
勾留期間が終わるまでに、検察官が起訴・不起訴を判断します。不起訴になれば身柄は釈放され、刑事手続きは終了します。
④ 起訴されれば刑事裁判が開かれる
起訴された場合は刑事裁判が開かれます。原則として、被告人は公開の法廷で裁判を受けなければなりません。刑の確定まで数か月間、身柄拘束が続くこともあります。 -
(2)逮捕・起訴された本人はどうなる?
逮捕されれば、釈放されるまで自宅に帰ることはできません。出社もできず仕事を休む必要があります。
養介護施設従事者の方が逮捕・起訴された場合、それだけで資格剥奪になることはありません。ただし、職場によっては出勤停止や停職処分が下される可能性があります。また、刑事裁判で有罪となれば、国家資格を失うおそれもあります。
介護福祉士・社会福祉士の犯罪に関連する欠格事由は以下の通りです(社会福祉士および介護福祉士法 第3条)。- 拘禁刑以上の刑に処せられ、刑の執行が終了してから2年を経過していない者
- 社会福祉士および介護福祉士法やその他の社会福祉・保健医療に関する法律に違反して罰金刑を受け、刑の執行が終了してから2年を経過していない者
- 資格の登録を取り消されてから2年を経過していない者
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(3)逮捕・起訴された方の高齢者家族はどうなる?
逮捕された方が在宅介護の担い手であった場合、高齢者の生活や介護環境が突如として失われることになります。
こうした緊急時には、まず「地域包括支援センター」や「市区町村の高齢福祉課」の窓口に相談してみましょう。高齢者虐待防止法により、市町村には高齢者の安全確保と生活支援を行う義務があります(同法第9条)。
公的介護保険を利用して、介護事業所のサービスを受けられるケースもあります。たとえば、次のようなサービスがあります。- 訪問介護:専門職員が自宅を訪問し、食事・入浴・排せつなどの介護を受ける
- 通所介護:日中、施設で過ごしながら食事・入浴・機能訓練を受ける
- ショートステイ:一時的に施設で生活する
- 施設入所:特別養護老人ホームや介護老人保健施設へ長期間、入所する
4、刑の減軽や情状酌量が認められやすいケース
高齢者虐待で逮捕・起訴された場合、少しでも刑を減軽したいと考える方もいるでしょう。場合によっては、初犯であること・謝罪の有無・介護疲れや心身の状況などによって、刑が軽くなることがあります。
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(1)初犯であった
刑法上は、初犯だとしても直接の減軽要件にはなりません。しかし、実際の刑事裁判では、前科がないことが情状として考慮され、量刑判断に影響することもあります。
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(2)謝罪や反省の態度が見られる
被害者や家族に対して謝罪や反省の意思を示すことも、量刑判断に影響することがあります。弁護士のアドバイスを受けて反省文や再発防止策を作成することが大切です。
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(3)介護疲れや心身の背景があった
長期間の介護によって疲労や孤立感が重なり、一時的に暴言や軽度の身体的接触があったような場合も、刑事裁判で考慮される可能性があります。特に、介護疲れやうつ状態などが医学的に裏付けられ、心神喪失や心神耗弱が認められれば、刑は減軽や免除となる場合もあります。
5、まとめ
高齢者虐待は、介護職員の方だけでなく、家族間でも刑事責任を問われる可能性がある、重大な人権侵害です。しかし、逮捕や量刑の判断にあたっては、加害者の背景事情や再発防止に向けた対策などが情状として考慮されることもあります。
虐待行為にあたるかどうか迷ったり、不安を感じたりする場合は、早めに弁護士に相談することが重要です。弁護士は、取り調べ対応のアドバイス・検察官や裁判所への意見書提出・被害者との示談交渉・再発防止策の策定など、逮捕や起訴を回避したり、量刑を軽くしたりするためのサポートを行います。
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